【怖い話】もう一人の住人
俺の名前は和也。
これは、俺が社会人となり最初に住んだアパートの1室で実際に起こった出来事である。
大学を卒業後、幼いころからの夢であった職業に就く事ができ、地元から遠く離れた地へと引っ越すことが決まった。
生まれてから大学を卒業するまでずっと実家で暮らしていたので、念願の1人暮らしデビューとなる。
今日は新しく住むことになる部屋を決めるために不動産の担当者と候補となる場所の内覧に来た。
「ここが、内覧を希望していた部屋でございます。」
担当者に促されて部屋に入る。
2DKの部屋で日当たりもよく、各部屋の広さも1人暮らしとしては申し分なかった。
「写真で見た通り、いい部屋ですね。本当にこの部屋はずっと空き部屋だったのですか?」
日当たりもよく広々としているため、家族で住むにも十分だと思うのだがなぜかこの部屋だけずっと空き部屋でありそこに俺が内覧を希望してきたとのこと。
「えぇ、この部屋はもう1年近く空き部屋でして・・・」
そう話す担当者の表情がかすかに曇ったのが気になったが、部屋自体はとても良かったので一通り内覧を済ませた後に不動産へ戻り、正式に部屋の契約を交わした。
まさか、あの部屋で人生で1番怖い思いをすることになるなんて、この時は知る由もなかった。
数日後、無事に引っ越しも終わり1人暮らしがスタートした。
入社まで日数に余裕を持たせて引っ越しを終えたため、数日はのんびりと引っ越し後の後片付けに専念する事が出来る。
山のように積み重なる段ボールに目をやり、先は長いなとため息をつきながらお気に入りのコーヒーを飲み一息ついた。
引っ越しの疲れもあったためいつもよりかなり早い時間に睡魔に襲われ、続きは明日にしようと床に就いた。
夜中2時、ぐっすりと寝ていたのだが物音が聞こえたため目を覚ます。
コンッ、コンッ、と壁をノックするような音が聞こえる。
お隣さんがこんな時間に何かしているのだろうかと思い、またすぐに眠りについた。
数日後、入社式も終わり研修に手続きにとバタバタした毎日を送っており、家に帰っては最低限のことを済ませて爆睡していたため朝まで物音などで起きることなく過ごしていた。
入社後初めての週末が訪れ、明日は休みだからと近くにあるレンタルショップでずっと気になっていた映画をレンタルし、今日はお酒でも飲みながらゆっくり過ごそうとウキウキしながら帰宅した。
シャワーと晩御飯を済ませてから簡単なおつまみを用意して、1人ぼっちの映画鑑賞を始める。
1本目の映画を見終わり、余韻に浸りながらも2本目の映画を見ようと準備していた時、またもや壁をノックするような音が聞こえてきた。
だが、その音は壁の向こうからしているものではなかった。
寝室としている隣の和室に押入れがあるのだが、明らかにその押し入れから音がしている。
恐怖を感じながらも、きっとお隣さんが何かしている音が押入れの中で響いているだけなのだろうと、そう思い込み2本目の映画を楽しむことに集中した。
2本目の映画は最近DVD化されたばかりの新作であり、今夜の1番のお楽しみと言っても過言ではない作品だ。
テンションは最高潮となりお酒も進む。
そして、2本目の映画が中盤に差し掛かろうとしたころ・・・。
DVDの映像が急に乱れ始めた。
「あれ、新作のはずなのにこのDVD傷んでるのかな。」
レンタルできるDVDの中には、多くの人にレンタルされているうちに傷などが入ってしまい映像が乱れることがある。
新作の場合は滅多に起こることがないが、極稀に初期不良などで映像の乱れや音声の乱れが発生する事がある。
「あちゃあ、楽しみな夜に嬉しくないレアなものを引き当てたなぁ」
たまにはこんなこともあるだろうと、ポジティブに考えてDVDを消すためにリモコンに手をかけた時、異変に気付いた。
DVDの映像はいつの間にか正しく流れている。
しかし、どう考えても俳優の動かす口と声があっていない。
「なんだこれ・・・」
いつの間にかDVDを消すことを忘れて画面を食い入るように見ていた。
その声はだんだんと、唸り声のように変化しいている。
唸り声はだんだん大きくなってきて部屋中に響き渡る。
「うわあ!!」
あまりの恐怖に我に返った俺はすぐにDVDを消した。
「なんだよこれ、不良品にしても悪質すぎるだろ・・・」
さっきのポジティブな思考はすっかりなくなり、楽しかった時間が台無しになったので床に就くことにした。
「明日朝一でDVD交換してもらおう」
就寝してしばらくしたころ、再びコンッ、コンッ、という音が響き渡る。
「お隣さんいつまでも何をしてるんだ?夜中なのに迷惑すぎるだろ」
そう悪態をつきながらも再び眠りにつこうとしたとき、かなり小さいが「ぁぁぁぁぁ・・・」と、DVDを見ていた時と同じようなうめき声が聞こえてきた。
声を上げようとしたが、なぜか声が出らず体も動かない。
(金縛り・・・?まさか)
かろうじて眼だけは動くためどこから声がするのか必死にあたりを見回す。
どうやら押入れの中のようだ。
(そこに何かいるのか?)
怖いながらも押入れを見つめる。
すると、閉めていたはずの押入れがゆっくり、ゆっくりと開いていく。
俺は怖くなり目をつぶった。
カサ、カサ、と畳を何者かが歩いてこちらへ向かってくる。
(頼む、こっちへ来ないでくれ!)
目をつぶりながら必死に心の中でそう叫んだ。
しばらくすると、近づいてきていた足音は玄関のほうへ向かっていき、そのまま足音は消えた。
(どこかへ行ったのか?)
しばらくしても足音がしないため、勇気を振り絞って声を出してみる。
「あ。あ。声も出るようになったな。ほんとに何だったんだ?」
身体も動かしてみたら動くようになっていた。
「まさか俺がこんな恐怖体験を人生の中ですることになるなんてなぁ。ちょっとした武勇伝になるかも」
そんなことを言いながらも安心しきった俺は再び眠りにつこうと押入れとは反対方向に寝返りを打った。
そこには、血まみれで白目を向いた男が俺の隣で寝転ぶようにこっちを見ていた。
「うわあああああ!!!!」
後日、俺はとてもあの部屋に住み続けるなんてことは出来なくなり、引っ越しを決意した。
のちに聞いた話であるが、依然あの部屋に住んでいた男性が自宅前で事故にあいなくなっていたとのこと。
それからは数組の人が部屋を契約したが、長くても半年もいることはなかったという。
部屋の中で亡くなった事故物件ではないため、不動産屋でも通常の部屋と同じ扱いをしているのだが、幽霊が出るという噂が広がったせいか契約する人はほとんどいなくなり、俺が引っ越した後も空き家のままだとのこと。
俺は引っ越した先で同じような目に合うことも無く、毎日充実した生活を送っている。